それでも ハッピー エンド。 それでも、ハッピーエンド

私の人生の主役は私。それならハッピーエンドを作っちゃえばいい|「マイナビウーマン」

それでも ハッピー エンド

サビ2 誰にも見せずに この手で隠した想いが 今も私の中で生きている 目を閉じてみれば 今も鮮やかに蘇る景色と 戻れない日々の欠片が 映し出したのは 蕾のまま閉じ込めた未来 もう一度描き出す ここで注目したいのは「描く」という言葉。 通常なら描くは思い描くとして使われることが多いです。 しかし本楽曲においての描くは、文字通り 物を描く意味で使われています。 主人公はまっしろなカンバスに、今の自分の感情を描いていくのです。 後ろばかりを見ている自分から脱却するかのように。 原作小説にもはっきりとした提示はありませんでしたが、主人公が描いた作品こそが 『ハルジオン』なのでしょう。 咲かなかった春(ハルジオン)を、自らの手で開花させることで、過去の後悔から前を向こうとしたのです。 ラストサビ あの日のあなたの言葉と 美しい時間と 二人で過ごしたあの景色が 忘れてた想いと 失くしたはずの未来を繋いでいく 戻れない日々の続きを歩いていくんだ これからも、あなたがいなくても あの日の二人に手を振れば 確かに動き出した 未来へ 「ハルジオン」を描いている最中、主人公は君と過ごした春を想起し、まるでハッピーだった二人に戻ったような感覚に包まれる。 そして主人公は解釈する。 この暗い日々も幸せだった日々の延長なんだと。 あなたはもういないけど、失くしたはずの未来は自らが描いたハルジオンが代わりに見せてくれた。 蕾のままだった花が咲いたからハッピーエンド。 それでも、ハッピーエンド。 MVの最後(上の写真)では、ハルジオンの花びらが散りゆく中、主人公が駆け抜けていく姿が描かれています。 過去に呑まれていた主人公は、後悔と葛藤の末、前(未来)を向くことができたのです。

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それでも、ハッピーエンド

それでも ハッピー エンド

「卒業しても、俺らはなんも変わんないよ。 」 美大を卒業して離ればなれになったあなたとわたし。 理想と現実のギャップに打ちひしがれ、バックれた会社からの電話も鳴らなくなった頃に突然来たある連絡をきっかけに、わたしは再びカンバスの前に立つ...。 美しすぎた過去とも、ままならない現実とも向き合って、再び歩き出そうとする姿を繊細かつエネルギッシュに描いた現代のクリエイター・ノベル。 刊行時には俳優の成田凌、飯豊まりえらも賛辞を寄せ、映画化も決定しているデビュー作「スクロール」 講談社 、 そして収録の1篇「ファン」が松本花奈監督、本田翼主演により映像化された第2作「楽しかったよね」 講談社 などで注目を集める話題の新人作家・橋爪駿輝が、 デビュー曲「夜に駆ける」が半年足らずでYouTube1,000万回再生を突破、Spotify急上昇チャート1位やグローバルバイラルチャート入りなど多方面で注目を集めている "小説を音楽にするユニット"YOASOBIの3rd single「ハルジオン」の原作として書き下ろした短編小説です。 もっとみる 商品情報 新刊自動購入は、今後配信となるシリーズの最新刊を毎号自動的にお届けするサービスです。 ・発売と同時にすぐにお手元のデバイスに追加!• ・買い逃すことがありません!• 現在発売中の最新号を含め、既刊の号は含まれません。 ご契約はページ右の「新刊自動購入を始める」からお手続きください。 配信されるコンテンツによって発売日・金額が異なる場合があります。 ご契約中は自動的に販売を継続します。 不定期に刊行される「増刊号」「特別号」等も、自動購入の対象に含まれますのでご了承ください。 お支払方法:クレジットカードのみ 解約方法:マイページの「予約・新刊自動購入設定」より、随時解約可能です 続巻自動購入は、今後配信となるシリーズの最新刊を毎号自動的にお届けするサービスです。 ・発売と同時にすぐにお手元のデバイスに追加!• ・買い逃すことがありません!• ・いつでも解約ができるから安心!• 現在発売中の最新巻を含め、既刊の巻は含まれません。 ご契約はページ右の「続巻自動購入を始める」からお手続きください。 配信されるコンテンツによって発売日・金額が異なる場合があります。 ご契約中は自動的に販売を継続します。 不定期に刊行される特別号等も自動購入の対象に含まれる場合がありますのでご了承ください。 お支払方法:クレジットカードのみ 解約方法:マイページの「予約自動購入設定」より、随時解約可能です Reader Store BOOK GIFT とは ご家族、ご友人などに電子書籍をギフトとしてプレゼントすることができる機能です。 贈りたい本を「プレゼントする」のボタンからご購入頂き、お受け取り用のリンクをメールなどでお知らせするだけでOK! ぜひお誕生日のお祝いや、おすすめしたい本をプレゼントしてみてください。 お受け取りされないまま期限を過ぎた場合、お受け取りや払い戻しはできませんのでご注意ください。

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【最新刊】それでも、ハッピーエンド

それでも ハッピー エンド

物語のバッドエンドって大概はハッピーエンドを作れない作者の妥協ですよね? よく本を読んでいて思うのですが、バッドエンドで終わる物語を読み終えた後の気の落ちようって凄まじいですよね。 逆にハッピーエンドで物語が終わると終わってしまった寂しさもありますが、すごくほっとした気持ちになります。 思ったのですが、バッドエンドと言うのはハッピーエンドを作れない作者の妥協ではないですか? もちろん、自分の感情に任せて発言しているのではありません。 結構沢山の本を読んできました。 バッドエンドの物語で、バッドエンドだからこそ面白いと思う物語はありました。 しかしそのような良作は少なく、むしろ読んだ後胸糞悪くなるものが多いです。 バッドエンドを通じて何が伝えたいのかが分からない、ただ報われず終わるだけの物です。 「世の中そんな上手くいかないですよ?」みたいな事を書きたいのなら二流だと思います。 そんな事ほとんどの大人、いや中高生でも理解してます。 バッドエンドで終わらせる事をカッコイイとでも思っているのでしょうか。 そもそも「嫌な終わり方だったなぁ。 良かった^^」って読んだ後思いませんよね? と言うか人物に感情移入して読んでいるのでイライラと悲しさしか残りません。 「俺バッドエンドって好きなんだよね」って人は中二病かひねくれ者です。 あと、この主張を推すもう一つの理由は「皆の納得がいくハッピーエンドと言うのは難しい」と思うからです。 普通のハッピーエンドの物語で、よく「微妙な終わり方だったな」って意見などを聞いて思うのですが なかなか多人数を納得させる物語ってありませんよね。 正直これに関しては沢山の考え方や趣向を理解していないので自分でもよく説明は出来ませんが、難しいと思います。 以上を理由の僕はバッドエンドの作品の大概はハッピーエンドを作れない作者の妥協だと主張します。 皆さんの意見を聞かせてください!!自分が間違っているのかすごく気になります! 批判の主張と言うのは間違ってる事があるとは思うのですが、どうもこうとしか思えません。 どっちかと言うと「なるほど!だからバッドエンドなのか」と納得させられる意見をお待ちしてます! 今の若い人に言っても「ハァ?」としか思われないだろうが、そもそも、バッドエンドって言葉は、ここ最近になってから出てきた言葉なんだよ。 正確に言うなら、TVゲームが出て以降の言葉。 それ以前、ハッピーエンドの対語はアンハッピーエンドだった。 つまり、「ハッピーエンドじゃない終わり方」だったんだ。 「悪い終わり方=バッドエンド」じゃなかったんだよ。 バッドエンドは、グッドエンドと対になるべきで、それはつまり、物語に複数のエンディングがある、いわゆるアドベンチャーゲームのエンディングにこそふさわしい。 実際、そういうゲームには行き詰まってしまったエンディングが待っていて、物語の真相が明かされない場合がある。 これはまさにバッドエンドの例だ。 だけど、小説のアンハッピーエンドってのは、そうじゃない。 大半の小説では、物語がたどり着く答えは1つしかない。 それが作者が生み出したエンディングで、作者は物語を書き連ねるうちにそこへたどり着くわけで、その答えは1つしか無いんだ。 答えを変えるには、物語そのものを全て変えなければならない。 それはバッド、「悪い答え」ではなく、あくまでもアンハッピー、「ハッピーじゃない答え」。 そして、それをどちらにとらえるかは読者であって、作者じゃ無い。 だって、物語の中で、主人公とヒロインがくっついても、「こっちのキャラとくっついて欲しかったのに」と読者が思ったら、その物語は、その人にとって「アンハッピー」なんだよ。 作者が読者に提示できる物語の答えは、あくまで1つだけなんだ。 その1つがハッピーかどうかを決めるのは、繰り返しになるけど、作者じゃ無くて、あくまで読者。 破滅に向かう主人公達が破滅してしまう話であっても、人によっては「主人公達は最初からその道を選んでいたのだから」と、納得がいくかもしれない。 作者は、読者が物語をどう受け止めるかまでコントロールできないし、そもそも、読者をコントロールしてエンディングまで連れて行こう、なんて考えてる作者はいない。 この物語はどうやって終わるんだろう、この終わり方をするには、物語をどう転がせば良いのか、作者はそんなことを考えてる。 だから、アンハッピーエンディングは妥協の産物じゃ無い。 ちなみに「大半の小説では」と書いたのは、複数の答えがある小説もあったりするからですが、まあ、そんなのは普通の人は読まないので。 あとね、創作物にルールは無い。 模範となるルールがあるべき、なんてものは創作物に対する冒涜です。 なんでもかんでも「消費者にサービスすべき」っていうのは、ここ数年のエンタメ業界に対する、受け止める側の悪しき考えだと思う。 「書き手」の意見を言わせて貰っていいでしょうか。 まあ、アマチュア駄目物書きの戯事と思って貰っても構わないのですが。 結論を言えば、「ハッピーエンドだとかバッドエンドだとか気にして書かない」です。 自分は、ただ思った、感じたものを、その話を綴るだけです。 その結末が誰かにとってハッピーだとかバッドだとか考えません。 基本的に「そういう結末の話だった」というだけです。 結末を変えることが全く無いとは言いませんが(長編など書いている途中でより効果的なラストが思い付いた、だとか)、それを妥協と言われてもなあ…と思ったので、少し書かせていただきました。 「ハッピーエンドにならないからバッドエンドになった」ではなくて、「バッドエンドになる話だった」というだけのことなのです。 まあ、読み手が書き手と同じ考え方で文を読むわけではないですからね。 だから文章は面白い。 細々と作品を公開している身としては、読者の反応が気にならないというわけではないですが、そんなに縛られるものでもないと思っています。 何しろ、自分の小説は、自己満足のカタマリを吐き出しているようなものですから。 読者をハッピーにしてあげようとか、アンハッピーを教えてやろうとか、そんな殊勝なサービス精神は、少なくとも自分の文章には無いようです。 たまたま読んだ誰かの心に何か触れればいいな、程度にしか考えていないのです。 人の反応を確認して方向性を変えるような器用さは自分にはありませんので。 そういうことができる器用な書き手が、読み手の印象に残るようにわざとバッドエンド(あるいはハッピーエンド)にする、というのはありそうですね。 善きにつけ悪しきにつけ、それが「印象には残る」わけですから。 まあ、主義主張が押し付けがましい文章は、ハッピーエンドだろうがバッドエンドだろうがいい気はしないものでしょうね。 だから文章は難しい。 バッドエンドとハッピーエンドの定義がそもそも難しいと思うんですよね。 例えば、 悲劇のラブストーリーの代名詞ロミオとジュリエットでは最後二人は死んでしまいますが、これはバッドエンドなのでしょうか? 逆に、あのまま行き違いにならず無事駆け落ち出来たとして、ふたりで馬かなんかに乗って逃避行するシーンで幸せに暮らしましたとさ、ってラストでは、納得できない人も多そうです。 上流階級で育った二人、いきなり庶民以下の生活です。 苦労も多そう。 むしろ、愛しあったまま二人で心中できてハッピーなんじゃない? なんて考え方の人もいるはず。 他の作品でも同様にどう見るか、読者次第でバッドかハッピーかって変わってしまうと思うんです。 質問者さんも「バッドエンドだからこそ面白い作品もある」と感じるものがあるように、ストーリー上のハッピーかアンハッピーかで妥協しているかが決まるのではなく、作品の質としてグッドなラストと思えないならその方が妥協だと私は感じます。 また、質問者さんも指摘しているように、納得できないハッピーエンド物も多いですよね。 無理やりなハッピーエンドも投げやりなバッドエンドもどちらも作者の妥協だと感じます。 あと、映画や小説で泣きたいっていう感動もの 悲劇 好きってかなりいますし、「俺バッドエンドって好きなんだよね」「嫌な終わり方だったなぁ。 良かった^^」って言い方はしない気がしますけど、居ますよ。 思いついた例が映画になりますが、「ダンサー・イン・ザ・ダーク」とか好きな人の中にいるはず。 死刑執行のシーンが無くてはあの感情は生まれないですから。 執筆活動というのは、その作家が送ってきた人生観が モロに反映されるものだと思います。 で、ざっくりした言い方になるけど、要は、俗に言う幸福な人生を 送ってる人よりも、不幸な人生を送ってる人の方が「書きたい!」って 衝動が強いのだと思う。 もちろん中には、本を読むのが好きだから文章を書く、というような 作家もいるのでしょう。 けれど、多くの作家は、不幸でも、怒りでも、 悲しみでもいいけど、何かしら心に茨を持つ人のように感じるんです。 鬱憤が溜まってる、というのかな。 ほら、片思い中は思いの丈を日記を綴っているけど、 告白して恋人になった瞬間から日記なんて忘れちゃうようなもんでね。 あともうひとつ、世に起こる事件とその後の報道一般を見れば明白なように、 世間というのは、事件が不幸であればあるほどに関心を示すものなのでは ないでしょうか?猟奇的な殺人事件が、神格化、とまでは言わないものの、 何だか伝説みたいに取り扱われてさ。 すなわち、不幸大好きな世間が小説に求める需要と、不幸を売り物にする 作家の供給が、見事にピッタリしているのではないか、と。 「幸せそうなカップルを見ると内心では腹が立つ!」みたいなねw どういう性質の話を作りたいか、あるいは登場人物がどういう性質の人物かで、ハッピーにするかバッドにするかは決まります…。 人は勧善懲悪を望む生き物です。 主人公が罰せられねばならない人物であるのにハッピーにして終わるのは間違いです。 ハッピーにならねばならない人物がバッドで終わるのは間違いです。 あるいは、当然バッドで終わらねばならないと思われる間違った社会に住んでいる善人がハッピーで終わるのも間違いです。 小説は基本自由ですが、そういうルールは漠然とあると思います。 だってそうでなければ読者が納得しませんもんね…。 あなたが納得できないラストだったとしたら、その小説の作者が選択を間違ったのか、あなたが伏線を読み落としているかのどちらかだと思います。

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