お笑い 第一世代。 お笑い第7世代で面白いメンバーは誰?コンビ芸人よりトリオ?EXITは一発屋?

お笑い第七世代って?他の世代は?

お笑い 第一世代

この放送後メディアで 「お笑い第7世代」が使われるようになりTwitterで拡散。 「お笑い第7世代」という言葉が芸能界を含め一般的に広まっていきました。 せいやさん曰く20代の若手お笑い芸人に限らずユーチューバーやスポーツ選手も含めた若い世代を指しているとのことですが、一般認識では 芸人さんに絞って使われることがほとんどです。 せいやさん自身これほど広まるとは思ってもいなかったらしく「もう僕の手を離れてます」と言っています。 とは言いつつも世間共通のワードを生み出すあたりは霜降り明星さんの影響力を感じますね。 スポンサーリンク 歴代の芸人を世代ごとにまとめてみた それではお笑い第7世代と呼ばれている芸人さんたちを含め、歴代の芸人さんたちを見ていきましょう! お笑い第7世代はせいやさんの作った言葉ですが、 第3世代、第4世代という言葉は昔からありました。 第1世代、第2世代、第5世代、第6世代という 括 くくりは存在しないのですが 「当てはめるならこの世代」という解釈でご紹介していきます。 お笑い第1世代(1960年代~) 第1世代という呼び方はありませんが年代で当てはめるなら1960年代に活躍した世代が第1世代に当たります。 民放テレビが広まっていったことでお茶の間で人気になった世代です。 霜降り明星• 四千頭身• ゆりやんレトリィバァ• EXIT• 宮下草薙• ハナコ• かが屋• 3時のヒロイン など 他にもM-1に出場した ぺこぱや、しゃべり方と運動神経で話題になっているもお笑い第7世代ですね。 スポンサーリンク お笑い第7世代に反論する意見も お笑い第7世代を提唱した霜降り明星のせいやさんに対して ダメ出しをしたのは有吉さん。 有吉さんは自身のラジオでせいやさんに直接ダメ出しをしていました。 「せいやはちょっと問題。 第7世代とか言ってる。 俺たちを排除しようとしてる」 ラジオ番組『有吉弘行のSUNDAY NIGHT DREAMER』より とせいやさんに直接ダメ出しをした有吉さん。 しかしその後せいやさんの必死な弁解の末、 「俺も第7世代に入りたいよ。 第7みたいな顔してるだろ(笑)」 ラジオ番組『有吉弘行のSUNDAY NIGHT DREAMER』より などと笑いに変えていたところから、心からダメ出しをしているわけではないようです。 間違った解釈を世間に広めないようにという有吉さんの配慮とも伺えますね。 お笑い第7世代とは【まとめ】 今回は 「お笑い第7世代とは?歴代の芸人を世代ごとにまとめてみた!」というテーマでお送りしました。

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お笑い第七世代のメンバー一覧!意味とトリオや女性芸人は誰がいる?

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Contents• お笑い第7世代とは お笑い第7世代とは冒頭でも書きましたがもともとは霜降り明星のせいやがラジオで地震を含めた平成生まれで令和の年号にブレイクした20代から30代前半の芸人、Youtuber、ミュージシャンなどを含めたジャンルを超えて集まることを提案したことが発端となっています。 実際には7という数字に意味はなかったとせいやは言っていて、平成世代でもゆとり世代でも良かったそう。 お笑い第7世代の主な芸人• 霜降り明星• ハナコ• 四千頭身• ティモンディ• 宮下草薙• ゆりやんレトリィバァ• EXIT• カミナリ• ガンバレルーヤ ほかにも第7世代に含まれる芸人はたくさんいますが、取り敢えず比較的ゴールデンタイムでもよく見かける芸人を中心に挙げました。 ではそれ以前の第6世代以前の芸人がどのような区切りで分類されているのか書いていきたいと思います。 また世代を年齢で区切るとデビューはほぼ同じでもブレイクした年代が違うことでどちらに分類するかややこしい例もあり一部では否定的な意見もあるようですね。 また爆発的に人気を博したりいわゆる一発屋としてブレイクしてその後人気が落ちその後また着実に経験を積み再ブレイクするという例もあるので十把一絡げにするのは確かに難しいかもしれないです。 猿岩石でブレイクしてその後低迷したあと毒舌キャラとして再ブレイクした有吉弘行がその典型ではないかと思います。 お笑い第6世代 お笑い第6世代とされるのは2010年代に台頭してきた世代の芸人でネタ見せ番組がなくなりトーク番組や情報番組への出演、小説の執筆などお笑い以外での活躍も目立つようになった世代。 更にコンプライアンスの厳しくなったTVではなく動画配信サービスに進出する芸人が増えた世代でもあります。 特にこれと言ったブームが起きたわけではないのでどちらかというとネタ見せ番組やTVの企画でブレイクというものがなかったために緩やかに形成された世代と言っても良いかもしれない。 ひな壇芸人というジャンルが定着し話術のある芸人が活躍する下地のできました。 またTHE MANZAIやM-1が復活するなど賞レースが再燃した時代でもあります。 代表的な第6世代芸人• サンドウィッチマン• オードリー• ナイツ• 狩野英孝• ロッチ• 三四郎• ジャングルポケット 個人的な感想ですが、突出してブレイクしたり抜きん出た芸人がいる印象というよりは幅広く横並びで人気のある芸人が多い印象です。 第6世代の代表的な番組• アメトーーク• さんまのお笑い向上委員会• 水曜日のダウンタウン• M-1グランプリ• THE MANZAI お笑い第5世代 お笑い第5世代と言われるのは2000年代に急増したネタ見せ番組で人気を博した芸人の世代。 この時期は爆笑オンエアバトルやエンタの神様、爆笑レッドカーペットなどネタ見せ番組が増え始めた。 舞台とは違い与えられた尺が短かったりするケースも有りまとまったネタよりも小ネタを重ねて行くスタイルのネタが多かったように思います。 更には単発でのネタを披露する番組も増え、ネタの構成ではなく単発で笑わせる瞬発力重視のネタも増えた。 M-1グランプリが始まり10回で一区切りになるまでがちょうどこの世代に当たります。 代表的な第5世代芸人• 中川家• キングコング• オリエンタルラジオ• 次長課長• チュートリアル• ブラックマヨネーズ• ますだおかだ• アンジャッシュ• おぎやはぎ• タカアンドトシ• スピードワゴン• フットボールアワー• 森三中 この世代の芸人が今一番幅広く目にする世代なのかなと思います。 MCとひな壇、ロケ番組など幅広い分野で活躍している芸人が多いと思います。 第5世代の代表的な番組• M-1グランプリ(初代)• 爆笑オンエアバトル• エンタの神様• 笑いの金メダル• はねるのトびら• ザ・イロモネア• 細かすぎて伝わらないモノマネ選手権 お笑い第4世代 この世代は大きく分けてボキャブラ天国で活躍したグループと電波少年の企画で人気の出たグループ、すこしおくれてめちゃイケ、ぐるナイなどナインティナインがメインMCを努めた番組から人気の出た芸人のグループの3つ。 この中で現在でも活躍している芸人が多いのはボキャブラ天国出身の芸人が多いですね。 今では冠番組を持っている芸人も結構います 電波少年出身の芸人はそもそも芸人の力量というよりも企画の面白さで人気が出た側面がありその後人気を維持して現在に至るという芸人はいませんでした。 それでも再び人気を持ち直したのは有吉弘行やカラテカ矢部くらいでしょうか。 代表的な第4世代芸人• 爆笑問題• ナインティナイン• くりぃむしちゅー• よゐこ• 雨上がり決死隊• キャイ~ン• ロンドンブーツ1号2号• ふかわりょう• 千原兄弟• FUJIWARA• ココリコ• オアシズ 当時コンビだったが現在はピンで活動中の芸人• 江頭2:50• 土田晃之• 宮川大輔• 世界のナベアツ(桂三度)• 山口智充 ピンになって次の世代と同時期にブレイクしたりすることもあるので分類としてはちょっと難しいところと言われています。 これ以降若手の発掘という建前で地力のないままテレビに出、ひとネタ当たれば飽きるまで使い潰されるといういわゆる一発屋が増えることになりました。 第4世代の代表的な番組• タモリのボキャブラ天国• 進め電波少年• めちゃ2イケてるッ! お笑い第3世代 お笑い第3世代はお笑いの歴史の中で初めて〇〇世代と呼ばれるようになった世代でこういう呼び方をするまではニューウェーブや新人類などと呼ばれていた世代。 第3世代と呼ぶようになった関係でそれ以前の世代は漫才ブームを第2世代、演芸ブームを第1世代と呼ぶようになりました。 現在のお笑いの最大勢力ともいえる人気実力ともにトップクラスの芸人がこの世代です。 この世代の特徴的なところは師匠と師弟関係にない芸人が出てきたことです。 特に吉本興業は新人タレント育成所「吉本総合芸能学院」いわゆるNSCを開校し、その一期生からダウンタウンやハイヒール、トミーズなど人気の漫才師を排出しました。 関西では特に2丁目劇場出身の芸人が人気を得ていました。 東京ではとんねるずやウッチャンナンチャンB21スペシャル、山田邦子などが活躍し夕方の帯番組やゴールデンタイムのバラエティ番組を中心に活躍の場を広げたのがこの世代です。 代表的な第3世代芸人• ダウンタウン• ウッチャンナンチャン• とんねるず• B21スペシャル• 山田邦子• ダチョウ倶楽部久本雅美• 浅草キッド• 130R(ほんこん、板尾創路)• トミーズ• ハイヒール• 笑福亭笑瓶• ホンジャマカ• さまぁ~ず• 今田耕司• 東野幸治• ビジーフォー• コロッケ• 松村邦洋 第3世代の代表的な番組• とんねるずのみなさんのおかげです• ガキの使いやあらへんで• ウッチャンナンチャンのウリナリ!• 夕やけニャンニャン• 夢で逢えたら• 4時ですよーだ• ねるとん紅鯨団 お笑い第2世代(MANZAIブーム) お笑い第2世代は第3世代という言葉が出てきてから後付で定義された世代。 一般的な認識としてはMANZAIブームといったほうがわかりやすいと思います。 1979年から1982年頃までをMANZAIブームは続き、いまBIG3と言われるタモリ、ビートたけし、明石家さんまが台頭してきた世代でもあります。 私はまだ幼児だったので全く覚えていませんが、当時のブームはすごかったらしく、ヘリで移動したり他局の会議室から中継したりと人気の漫才師のスケジュールは分刻みで苛烈であったという話はよく聞きます。 お笑い芸人の地位が大きく向上したのもこの世代の活躍によるものが大きいと言われています。 代表的な第2世代芸人• ビートたけし(ツービート)• タモリ• 明石家さんま• 島田紳助(紳助竜介)• 横山やすし・西川きよし• ザ・ぼんち• オール阪神巨人• 今いくよくるよ• 桂文珍• 笑福亭鶴瓶• コント赤信号• シティボーイズ(ラサール石井・渡辺正行)• 関根勤• 小堺一機• 志村けん お笑い第1世代(演芸ブーム) 第2世代と同じく後付で第1世代と分類された世代。 年代的には1962年から1969年頃までが演芸ブームとされています。 年齢的に現在も現役の芸人は流石に多くはないので私の世代でもあまり馴染みのある芸人は多くありません。 テレビでお笑いの番組を多くやるようになったのがこのくらいの年代からで、それまで主流だった喜劇映画が衰退する原因ともなったそうですね。 代表的な第3世代芸人• ザ・ドリフターズ• コント55号• ハナ肇とクレイジーキャッツ• 横山ホットブラザーズ• てんぷくトリオ• 桂三枝(六代目桂文枝)• 月亭可朝• 笑福亭仁鶴(三代目)• 笑福亭松之助(二代目・明石家さんまの師匠)• 内海桂子好江• 牧伸二• ゼンジー北京• 中田ダイマル・ラケット• 夢路いとしこいし• 京唄子・鳳啓介 第1世代の代表的な番組• お笑いカラー寄席• お笑いとんち袋• ライオンお笑いネットワーク この時代から続いている笑点の凄さを感じますね。

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お笑い第七世代って?【2020ぐるナイおもしろ荘】一押し芸人は?

お笑い 第一世代

第一世代には僕たちがリサーチしますよ。 僕たちザ・ドリフターズも第一世代当たります。 この時代は昭和30年時代後半から40年前半(1962年頃から1969年頃)不景気による沈滞ムードの中、テレビに笑いを求めていました。 テレビは演芸番組を中心としたブームとなったのです。 どんな番組が放送していたかというと 代表的な番組は? 日本テレビ『お笑いカラー寄席』 『笑点』『お笑いモダン亭』『夜の笑待席』 フジテレビ『お茶の間寄席』『お笑いタッグマッチ』 NETテレビ『大正テレビ寄席』『日曜演芸会』『テレビ演芸場』『お笑い0番地』 朝日放送『かねてつトップ寄席』 『シャボン玉寄席』 関西テレビ『お笑いとんち袋』 読売テレビ『ライオンお笑いネットワーク』 名古屋テレビ『東西デラックス寄席』 NHK総合(NHK大阪製作) 『土曜ひる席』 お笑いタッグマッチ(フジテレビ系)「大正テレビ寄席」(NETテレビ、現・テレビ朝日系)など演芸番組が数多く放送されました。 テレビにおけるお笑いの地位を確立したのです。 現在も放送している 「笑点」(日本テレビ系)もこのブームのさなかに放送が開始されました。 「昭和の爆笑王」は誰? 初代 林家三平や 落語四天王( 七代目 立川談志、五代目 三遊亭圓楽、三代目 古今亭志ん朝、五代目 春風亭柳朝など)、上方落語四天王(三代目 桂米朝、三代目 桂春団治、六代目笑福亭松鶴、五代目 桂文枝)などの落語家 第一世代漫才コンビは? Wけんじ、獅子てんや・瀬戸わんや、コロムビア・トップ・ライト、Wヤング、若井はんじ・けんじ、正司敏江・玲児、夢路いとし・喜味こいし、晴乃チック・タックなどの漫才師、 コント55号、てんぷくトリオ、漫画トリオ等のコントグループが出てきました。 また、コミックバンドとしてはハナ肇と クレージーキャッツの後を受けて活動していた ザ・ドリフターズがコントグループへと転換 し不動の地位を得たのです。 , 「8時だョ! 全員集合」は学生のころこれが楽しみでした。 優しい口調で、お風呂はいれよ!宿題しなよ!車に気を付けてよ!歯を磨けよ!早く寝ろよ!これはザ・ドリフターズの名フレーズでこれを聞くのが楽しいでテレビに釘付けになってました。 第一世代 萩本欽一(コント55号) 志村けん(ザ・ドリフターズ)一世風靡!! コント55号 萩本欽一、坂上二郎のコントコンビです。 同じコントは二度とやらないをキャッチフレーズとして、 萩本欽一を「たれ目」 坂上「チョコ目」と呼んでうれだしたのです。 志村けん(ザ・ドリフターズ) 志村けんは後期ザ・ドリフターズの中心人物です。 人気番組 「だいじょうだぁ」「バカ殿様」 「8時だョ! 全員集合」「ドリフ大爆笑」 志村けんはドリフターズの付き人に戻ったが、戻った直後の1973年12月に「メンバー見習い」の扱いで、 「志村けん」に改名した上でドリフに加入しました。 1974年3月31日をもって荒井注が脱退し、4月1日に正式にドリフのメンバーとなりました。 この時、いかりや長さんは自分や荒井と同年代の新メンバー豊岡豊の加入及び、すわしんじの昇格も検討していたが、志村の順番であったことと加藤の推薦により若手の志村が起用されました。 当時、志村は24歳でした。 なぜ第一世代の謂れは? 第一世代~第六世代に仕分けしたのはウィキペディアに記載されているのです。 仕分けは自然の流れに仕分けされたのではないでしょうか? 『第七世代』といいだしたのは? 霜降り明星・せいやが、次の年号の世代を 『第七世代』と勝手にいいだしたのです。 20代で区切って固まることを提案したことによるものです。 これは、当初は芸人に限った話では無く、同世代のYouTuberやミュージシャン等とともにジャンルを超えて集まることの提言であったそうです。 この時の「七」という数字は、せいやの思いつきによるものであり、「順番ではないんすよね。 平成世代とか、なんでもよかった」「『ゆとり世代』でもええわ」ということであった後にせいやは、 「ちょっとそんなん(第七世代)があったらおもろいなってラジオで言ったらブワッと広がってしまって…。 」と語っています。 さらに、「上の世代に勝とうとかじゃなくて、自分ら20代でしかできないお笑いがあるのではないか、そういう可能性を探る世代」としての意味だそうです。

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