仏教 言葉。 仏教手帳・仏教名言集

仏教の「汚い言葉」を戒める言葉 外国人から「もう使ってるじゃん!」と突っ込まれる

仏教 言葉

物事を断つことを『道断』といい、その前に『言語』をつけるので、 言葉を絶たねば理解できるものではないという悟りを表した仏教用語です。 一念発起(いちねんほっき)の意味 仏教では一念発心、一心発起ともいいます。 出家して仏教の修行に入ることを強く心に望むという意味があります。 現在でも意味合いは同じですが、仏教に限らず他の目標を強く心に決める時にも使われます。 金輪際(こんりんざい)の意味 現在では否定的な意味で使われるのが『金輪際』です。 仏教の宇宙観では、世界は三輪に分かれてると考えられています。 風輪 私たち人間が住む世界を金輪といい、その極限の際の際『水輪』と接している部分を金輪際といいます。 仏教では『極限』という意味で用いられていました。 娑婆(しゃば)の意味 刑務所でのお務めを終えた囚人が塀の外に出た時『娑婆の空気はうまいぜ』なんて感じで使うのが娑婆です。 娑婆はサンスクリット語の『サハー』を音写したもので、古代インドにおいて『大地』を意味しています。 その後、仏教に取り込まれて釈迦が説法している現世のことを指すようになりました。 なので、刑務所にいる人間も娑婆にいます。 醍醐味(だいごみ)の意味 牛乳を精製していく段階の最上位を『醍醐味』といいます。 その素晴らしい価値から、一般的には物事の真の楽しみ方を表すようになりました。 未曾有(みぞう)の意味 元となった言葉はサンスクリット語で『アドゥブタ』という言葉です。 驚くべきという意味があり、仏教では『かつてないほど素晴らしい』というニュアンスで使われます。 現在では『未曾有の災害』など、否定的なを表して使われることが多いです。 修羅場(しゅらば)の意味 修羅はサンスクリット語の『アスラ』を音写した『阿修羅』のことを指します。 最初に説明した人道と同じく、六道輪廻には修羅道という道があります。 修羅場とは、帝釈天と阿修羅が戦いをした、激しい戦いが続く場所のことをいいます。 現在でも使い方は同じで、浮気現場や骨肉争いなどを修羅場といいます。

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えっ!仏教語だったの?

仏教 言葉

ある日常の家庭の風景です。 ただいま~と言い、玄関から家に入ると部屋にいた妹がいました。 愛敬をふりまく顔を見た刹那に、何もない無事な日を思い浮かべ安心をしました。 さて、この中に、仏教用語が由来の言葉が何語入っているかわかりますか? 正解は、以下の中にあります。 普段、何気なく使っている仏教用語が由来の言葉を調べてみるといっぱいありました。 みなさまのお役に立てると嬉しいです。 それでは、どうぞ。 仏教用語が語源となっている日常の言葉とは? 涅槃(ねはん)や般若波羅密多(はんにゃはらみった)など、仏教用語はとても難しそうなイメージがありますよね。 その理由はサンスクリット語の音をそのまま漢字で表現した音写にあるからです。 例えば、般若波羅密多は、恐ろしい感じの字ですが、元は、プラジュニャー(智慧)・パラミーター(感性)というサンスクリット語の訛ったパンニャー・パラミーターの音写語です。 また、涅槃は、安らぎを意味するニルヴァーナの音写です。 その様な、音写語を含む仏教用語が日常でも使われています。 よく聞く言葉を中心に、もともとの意味をまとめてみました。 仏教用語が由来?日常の言葉とは? 愛嬌(あいきょう) もともとは、愛敬(あいぎょう)といい、如来さまや菩薩さまの柔和な表情である愛敬相(あいぎょうそう)から派生した言葉。 愛嬌のある人は、大好きです。 挨拶(あいさつ) もともとは、挨は押す、拶は迫るという意味で、禅僧の子弟が押し問答で悟りの深さを試すことから派生した言葉。 よく話し方教室等で、この意味を教わりました。 阿吽(あうん) もともとは、サンスクリット語の最初と最後の文字を転写した、フームの音写化したものです。 阿吽の呼吸とは、良く言いますね。 足を洗う(あしをあらう) もともとは、お寺に入る際に汚れた足を洗うことから、汚れた世界から身を清める意味をもちました。 どちらかと言うと、悪い事をやめる意味になります。 安心(あんしん) もともとは、仏教であんじんと読み、覚りを開いて、こころの安らぎを得た状態を意味します。 うろうろする もともとは、うろは有漏と書き、煩悩がある状態をいう。 この煩悩によって迷い、どこへ行ってよいのかわからない状態を意味する。 よく街をうろうろしていますが、まさに煩悩(欲望)で動いてます。 (笑) お陀仏(おだぶつ) もともとは、臨終の際に唱える念仏「南無阿弥陀仏」から派生した言葉。 死ぬことを意味する。 いつかはお陀仏ですが、やりたい事がたくさんあり、まだ、ずっと先にしたいです(笑) 億劫(おっくう) もともと、劫は、仏教用語で果てしな長い年月のこと。 それが、億もあることで、目の前のやるべきことに対して意欲をなくした状態を意味する。 いろいろと億劫なことはありますが、一歩一歩進みまっす。 親玉(おやだま) もともと、数珠のなかにある1つの大きな珠のこと。 たしかに、おやだまありますね。 他は子分玉かなぁ? 玄関(げんかん) もともと、玄は幽玄、関は関門を表し、禅の世界で仏門に入ることを意味した。 今の玄関とは、言葉の意味が違いますね。 出世(しゅっせ) もともとは、お釈迦様がブッダ(悟りを開いた人)として、世にでたことを意味し、のちに僧侶の階級が上がることにも用いられるようになった。 有名になったり、階級があがれば出世と言えるのは使い方が同じですね。 正念場(しょうねんば) もともと、正念は、修行者の実施すべき八正道の1つで、邪念を払い、正しい教えを忘れないこと。 転じて、重要な局面を意味する。 ここぞという、最も力をいれる場面の事ですね。 上品(じょうひん) もともと、現生の行いに応じた極楽往生のランクには、上品上生(じょうぼんじょうしょう)から、下品下生(げぼんげしょう)まで、9品(くほん)あります。 その上位のものを意味する。 上品(じょうひん)から下品(げひん)まで9ランク。 一瞬とは、1兆分の数秒という表現があるので刹那はもう少しゆったりした感じです。 醍醐味(だいごみ) もともとは、牛乳をバターにする過程ででる5つの味(五味)をいう。 そのうち最上のもののことで、転じて仏の最上の教えを意味するようになった。 醍醐味を味わうには厳しい修行が必要だとか。 旦那(だんな) もともと、サンスクリット語で、布施を意味するダーナの音写したもの。 布施をするひとの意味となった。 内緒(ないしょ) もともと、内証(ないしょう)と書き、仏が心の内の悟りによって真理をつかんだことを意味した。 奈落(ならく) もともと、サンスクリット語で地獄を意味するナラカの音写したもの。 ひどい もともと、仏教で修行を行うことを道と呼び、それに外れることを非道と呼んだ。 この非道が形容詞化したものです。 蒲団(ふとん) もともと、蒲(がま)を丸く編んでつくった座禅用の敷物。 座蒲団から、寝具の蒲団へ派生しました。 方便(ほうべん) もともと、お釈迦様が相手によって覚りを開かせるための説法内容を変えたことに由来する。 目的のために使う便宜上の手段の意味となった。 冥利(みょうり) もともと、善行により、知らず知らずのうちに受ける仏の恵みのことを意味します。 利益(りえき) もともと、仏教では、りやくと読み、仏の力で得た幸福や富、健康のこと、修行の成果として得られたものも意味する。 喫茶(きっさ) もともと、禅宗の言葉で、喫茶喫飯(きっさきっぱん)といい、修行の本質は、日常生活の中にあるという意味です。 喫茶店でコーヒーを飲んだら、喫茶ではないのかなぁ?(笑) 食堂(しょくどう) もともと、仏教では、じきどうと読んだ。 お寺の中で僧が食事をするお堂のこと。 寺院の場合は、食事の際も修行が続くので、一般の食事室のイメージではありません。 果報は寝て待て もともと、果報とは、因果応報のこと。 あせらず待っていれば幸運は必ずやってくるという意味ではあるが、何もしなくてよいわけではなく、良い事をすれば良い事が訪れるということ。 確かに。 娯楽(ごらく) もともと、楽はさとりの楽しさで、仏を信じることで得られる、精神的な安らぎを意味した。 無事(ぶじ) もともと、すべての煩悩を捨て、執着心から解放された状態を意味しました。 自業自得(じごうじとく) もともと、仏教でいう業とは行為のことで、自分のしたことの報いは、自分に返ってくること。 善因善果、悪因悪果の意味と同じですね。 所得(しょとく) もともとは、所有を表すサンスクリット語のウパランパが語源。 得られたもの、体験されたものを意味する。 僧の場合は、物質的なものではなく、精神的に得たものを意味します。 ちゃら もともとは、策略・詐欺・欺瞞などの意味するサンスクリット語でチャラが語源と言われている。 差し引きゼロ、借りをちゃらにするなど、ずるいイメージがする言葉に使われています。 工夫(くふう) もともとは、㓛夫と書いて、作業する人の事を意味したが、修行に励むことも意味する。 人事(じんじ) もともとは、僧同士の初対面の場を人事という。 いち早く相手の力量を見抜くことで修行の成果をみた。 人間がすべきこと、できることという意味もある。 人事をつくすという言葉は、やるだけの事はしたという意味になります。 一大事(いちだいじ) もともとは、仏教用語で一大事因縁という。 仏がこの世に出現する一大目的のこと。 たしかに一大事ですね。 頑張る(がんばる) もともとは、我張るで、それが変化したもの。 自分の考えに執着することは、良くないとされ仏教では、プラスのイメージではない。 現在は、どちらかというとプラスイメージで使われています。 差別(さべつ) もともとは、しゃべつと読み、この世に存在するものは、同じものはないという意味。 それぞれには、独自の姿があるという考え方。 現在の使い方とは逆の使い方ですね。 もともとの意味を尊重したいです。 仏教用語とは?~まとめ~ 私達が現在使っている言葉の中には、仏教用語が由来の言葉がたくさんあります。 ここでは、載せきれないほどの言葉の中から個人的に馴染みの深い言葉を抜粋しました。 本当に日本文化に仏教が入り込んで融合されていることを実感しました。 さて、今日も書き終えたので、これから部屋の掃除をします。 あっ、掃除も、実は仏教用語なんです。 最後まで読んでいただき、ありがとうございました。 あわせて読みたい関連記事 None Found.

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仏教用語の意味(仏教用語辞典)

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不殺生(ふせっしょう) 故意に生き物を殺さない。 不偸盗(ふちゅうとう) 与えられていないものを自分のものとしない。 不邪淫(ふじゃいん) 不倫をしない。 不妄語(ふもうご) 嘘をつかない。 不綺語(ふきご) 中身の無い言葉を話さない。 不悪口(ふあっく) 乱暴な言葉を使わない。 不両舌(ふりょうぜつ) 他人を仲違いさせるようなことを言わない。 不慳貪(ふけんどん) 異常な欲を持たない。 不瞋恚(ふしんに) 異常な怒りを持たない。 不邪見(ふじゃけん) 誤った見解を持たない。 フ、ファッ…!? 素晴らしい言葉が並ぶ中「あれっ!?」と思ってしまうものが一つ。 英語を使う外国人が聞いたら困惑してしまいそうです。

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